こまつ座:(井上ひさし・ 「the 座」創刊号より・ 84 年 4 月) 「the座」創刊号(84年4月)より
 

英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」

座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
 


 
 

      
 
 

こまつ座:オンラインチケットサービス

第43号:連鎖街のひとびと  « The座 « HOME

« 前へ   次へ »    
第43号:連鎖街のひとびと
 

大連は夢の都 井上ひさし

ご存じのように、満州からの引揚げ者が持ち出すことができたのは、/現金 一人当たり1000円/衣服 夏冬各二着/食料 一週間分/これだけだった。 〈ひとの国であこぎに稼いだものはすべて置いて立ち去れ〉という方針も、考えてみれば当たり前。当時の日本にそこそこの外交力があれば、政府間の交渉によってもう少しは持ち出せたかもしれないが、日本の外交能力は、今も昔もほとんどゼロに等しい。これに加えて、絵葉書や地図の持ち出しを固く禁じられていたから、満州や大連や旅順の絵葉書はその数が少なく、市場に姿を見せれば見せたで値が高い。それでも集めつづけたのは、そのころの大連に、信じられないほどたくさんの、のちに名をなす若い日本人たちが必死の思いで生きていたことが、絵葉書の収集を通して次第に分かってきたからでもあった。(『井上ひさしの大連 写真と地図で見る満州』小学館より

特集:写真でみる大連 文・構成 渡辺昭夫

19世紀末、帝政ロシアが中国・遼東半島に国際港を建設した。日露戦争に勝利した日本が、この都市を『大連』と名付けた。『東洋のパリ』と称され、アカシアの咲き匂うこの街は『20世紀』の戦争の傷痕を刻む。

●大連港 ●大連市街・大広場 ●満鉄 ●連鎖街と商店街 ●中華街のひとびと ●満州各地を結ぶ満鉄路線 ●敗戦、引揚げ前の収容所

俳優インタビュー

辻 萬長(塩見利英)
「見えない状況を背負って演じる」

木場勝己(片倉研介)
「事が起これば・・・桶屋が儲かる」

中村繁之(石谷一彦)
「再演のオリジナリティ、そして一彦マジックに挑みたい」

藤木 孝(今西練吉)
「スリル、スピード、サスペンス、加えてシンプルとスムースを」

松熊信義(陳鎮中)
「当時の中国人の深い思いを僕なりに表現できれば・・・」

石田圭祐(市川新太郎)
「初演の時のように、また生まれかわりたい・・・なあんて」

朴 勝哲(崔明林)
「十年目の、十個の台詞」

順 みつき(ハルビン・ジェニィ)
「紅一点、可愛いジェニィ 挑戦、挑戦、挑戦です」

お問合わせはこまつ座出版部まで
03-3851-6180
« 前へ   次へ »