「the座」創刊号(84年4月)より
英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」
座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
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第40号:イーハートーボの劇列車
前口上 宮澤賢治と音楽 井上ひさし ・・・賢治は教え子によく、「日曜に自宅へ遊びにおいで」と云ったそうです。遊びに行くと、店の二階の賢治の部屋へ通されて、蓄音機のゼンマイ巻きをさせられた。当時の蓄音機はクランク棒でゼンマイを巻き、それを動力にしてレコード台を回転させる仕掛けでした。賢治は音楽に没頭するために、専任のゼンマイ巻き係が必要だったわけで、それで教え子を遊びにおいでと誘ったのです。/音楽が始まると、賢治は突然、弁士のようになる。/「いま、白樺の林を馬車が軽やかに走っている・・・」音楽に合わせて、そのとき頭にうかんだ光景を絶え間なしに言葉にして行く。「狐に憑かれた人を見ているようで、しまいには怖くなったものです」教え子はそう言いながら懐かしそうな目をしていました。つまり、賢治という人には、音楽が言葉に聞こえ、言葉が音楽に聞こえたらしいのです。とすれば、彼の作品から「音楽のようなもの」や「音のようなもの」が溢れ出して当然です。そこで私はこの劇を、音楽のように聞こえるようなものにしなくてはと思いながら書いていました。 特集 宮澤賢治と演劇 文・構成 渡辺昭夫 賢治の夢みた農民演劇があった。―村の天才はどこにでもいる。歌の上手な人、踊りの上手な人、雄弁家の青年、滑稽の上手な人、さまざまな才能を結びつけた。一つの芝居は大きな生命をつくる。その生命があらゆる事業をも生む。自らの生命がさんざめく。この一座をつくって喜び、その舞台に拍手歓喜しながら村の経済も文化も向上する―この夢を芽生えさせてくれた人がいた。この夢を育んでくれた舞台があった。だが、夢を実らせなかった時代があった。ここでは、演劇人の宮澤賢治の見果てぬ夢の行方を検証する。 演出家、作曲家が見つけた、賢治の不思議な力 |
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俳優インタビュー 村田雄浩(宮澤賢治) 沖 恭司(福地第一郎) たかお 鷹(背の高い、赤い帽子の車掌) 柴田義之(なめとこ山の熊撃ち淵沢三十郎) 佐藤正宏(西根山の山男) 小林さやか(宮澤とし子・女車掌ネリ) 鈴木 佳(福地ケイ子) 佐藤あかり(人買いに売られた娘) 斉藤太一郎(風の又三郎らしき少年) |
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お問合わせはこまつ座出版部まで 03-3851-6180 |
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