こまつ座:(井上ひさし・ 「the 座」創刊号より・ 84 年 4 月) 「the座」創刊号(84年4月)より
 

英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」

座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
 


 
 

      
 
 

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第31号:父と暮せば
 

前口上 井上ひさし

・・・ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下は、ある意味では大日本帝国のアジア太平洋諸国への『進出』がもたらした結果でもあると云へて、事実、アジア太平洋諸国の人びとの中には、「原爆投下は、日本の侵略や抑圧を受けた国の人間から見たら解放のシンボルです」と言ひ切る人も珍しくはないのです。「原爆?あれは日本へくだされた天の鉄鎚、つまり天罰ですね」と、さう云つた人もおります。こういふ発言が出てくるのも、日本がまだ十全には戦争責任をとつてゐないといふ証左なのではないか。(略)核の傘の下にある(といふことは間接的には核の所有者でもある)日本人が、核実験反対、核兵器廃絶を唱へる資格を万全に備へてゐるのかどうか。・・・・・つまり無邪気に、かつ暢気に『過ちを繰り返すな』と叫んでも、どうにも埒の明かない次元にわたしたちはゐるらしい。にもかかわらず、わたしたちは、これからも核凍結から核廃絶に至るじつに困難な道を倦まずに歩き続けなければならないのです。

特集 ヒロシマ組曲弐 被爆したあなたへの手紙

ー広島県立広島第一高等女学校の祈りー

亡き人へ
翌年の8月6日。雨の染みで半分茶色のぼかしになった巻紙に、私が原爆死した知人の名前を書いてみた。すぐ50人に達し、ちょっとお父さんにも貸せ、と父も筆をとって書き加えた。その中には知人の息子である中学一年生の名もあった。彼は建物疎開の後片づけに動員され、全身に火傷を負った。息をひきとる少し前に、言ったという。「今夜、僕は死ぬよ」母親は顔を寄せて、泣きながら言った。「母さんもすぐ行くからね」すると、膨れた顔の口の辺りを笑うようにゆるめて少年は言った。「ゆっくりでええよ」(持田郁子さん・有朋40期。『夏草・ひろしまおぼえ書き』径書房より)

死んだ少女たちのぶんまで生きるなんて、いったいどうすればいいのでしょう?
(大野允子さん『ひーちゃんはいった』)

三つ編みの髪が自慢だった天田さん、あなたの亡骸は職員室を出たばかりの玄関脇にあった。三つ編みは焼け残り、あなたの死をみつめていました。
(広島市原爆戦災誌)

俳優インタビュー

すまけい(福吉竹造)
「楽屋で眼鏡をかけると『おとったん』になってくる」

梅沢昌代(福吉美津江)
「今回はもっともっと父と暮したい・・・」

・すまけい全舞台年譜

・梅沢昌代全舞台年譜

広島弁による日本国憲法第9条(戦争の放棄)戦争を絶対にせんいう誓い (広島弁訳 大原穣子)

お問合わせはこまつ座出版部まで
03-3851-6180
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