こまつ座:(井上ひさし・ 「the 座」創刊号より・ 84 年 4 月) 「the座」創刊号(84年4月)より
 

英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」

座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
 


 
 

      
 
 

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第23号:イーハートーボの劇列車
 

前口上 井上ひさし

その若すぎた晩年、宮澤賢治は東北砕石工場の技師兼販売普及員をしていましたが、そのときに使った名刺を見たことがあります。名前と住所が漢字とローマ字で刷られているだけの、なんの愛想もない名刺でした。ときに、いま、賢治の名刺を刷るとしたらどんな肩書が付くでしょうか。まず詩人、これは抜かせません。次に童話作家、これもなくては叶わぬもの、宗教家で音楽家、さらに化学者で農業技師で土壌改良家で造園技師といった肩書も必要でしょう。教師で社会運動家という文字を印刷する必要があるかもしれません。/しかしこんなにたくさんの肩書を並べると、名刺が葉書よりも大きくなってしまいますから、たとえば、芸術家、科学者、宗教家の三つに絞り込むことにします。するとなにやら賢治の姿がくっきりと浮かび上がってくるような気がするのですが、どうでしょうか。

特集 宮澤賢治 文・小田豊二

困ったなあ、日が出ないかなあ、もうちょっと暑くならないかなあ。寒かったり、雨ばかり続く夏の日、あなたは、いつも空を見上げていた。そして、疲れた身体にムチうって、どうしたら人が幸せになるか、それだけを考えていた-。宮澤賢治さん、あなたにあげたかった。雨にも風にも負けない丈夫な身体を・・

●賢治誕生●盛岡高等農林時代●上京・国柱会●花巻農学校教師時代●『春と修羅』『注文の多い料理店』●羅須地人協会時代●賢治地図●晩年

●賢治の祈り 井上ひさし

書かれたものと、それを書いた人間とを、できるだけ切り離して考えよう。作品とその作家とをごっちゃにしてはならない。これは正当な考え方である。しかし、なかにはそれとはまるであべこべに、作品とその作家とを大いにごっちゃにし、それからあらためて作品へ立ち返ると、いっそうその滋味がますという作家もいて、その代表格の一人が疑いもなく宮澤賢治である。

●宮澤家の人々 二上洋一(評論家・児童文学者)

座談会●演劇って何だろう⑪ 劇場支配人について

「支配人の笑顔が劇場の顔になる。劇団と喜怒哀楽をともにしながら」

ゲスト 金子和一郎(紀伊國屋ホール元支配人)

『イーハトーボの劇列車』に乗り合わせた12人

清水明彦(宮澤賢治)
「うるうるどっどど宮澤賢治」

すまけい(宮澤政次郎・伊藤儀一郎)
「刑事の出来を観て判断してよ」

仲 恭司(福地第一郎)
「舞台が終わったあとの解放感。こたえられませんね」

香月弥生(福地ケイ子)
「私の中のエッセンスや香りを漂わせたい」

森山潤久(人買いの神野仁吉)
「今でも学校へ通っている、そう思っています」

八木理香子(人買いに売られた娘)
「上司がタバコの火をポトリと落とした・・・」

松野健一(西根山の山男)
「持続する強い意思を」

高山春夫(なめとこ山の熊撃ち淵沢三十郎)
「今もあがき続けています」

松熊信義(背の高い、赤い帽子の車掌)
「この作品にめぐりあえた幸せを感じています」

宗田良一(風の又三郎らしき少年)
「不思議な農家の少年にはまりたいですね」

中村たつ(宮澤イチ・稲垣未亡人)
「お客様との出会いがうれしい女優人生」

山本郁子(宮澤とし子・女車掌ネリ)
「とし子の存在を、いきいきと表現したいですね」

●すまけい 紀伊國屋演劇賞個人賞受賞・特別インタビュー

「俺、北海道で鉢巻しめて九人制のバレーボールやってた」
「『役者になりたいんですけど』なんていわれると弱いんだよ」
「体鍛える暇があるんなら、頭鍛えたらどうなんだよ」
「大工さんも板前さんも、上手な人はリズム感がある」

お問合わせはこまつ座出版部まで
03-3851-6180
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