「the座」創刊号(84年4月)より
英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」
座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
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第21号:人間合格
前口上 井上ひさし 今回のこの太宰治の評伝劇では、(略)太宰治の小説技法、もっと正確に言えば彼の物語の作り方を応用して書いてみたのです。たとえば、彼は三人を組み合わせるのが好きで、三人の友情物語をたくさん書いています。『道化の華』も『ロマネスク』もこの骨法で書かれています。それから、登場人物がみんなで即興的に嘘をつきながら一つの物語を作って行くという方法、いわばリレー小説も得意にしていました。『ろまん燈籠』や『愛と美について』などでこの骨法が使われています。(略)太宰治はそれまでにあった様ざまな物語作法をもういちど磨き上げて自分の技法にしてしまった努力の人でもありました。その努力に敬意を表しながら、そしてその物語作りの巧みさにあやかるつもりも多少はあって、今回は彼の伝記的事実を踏まえながら、彼の生涯を彼自身の物語作りの方法で書いたのでした。 あれは、明治40年6月のことでございました。青森県津軽郡金木村の中心部に、目を見張らんばかりの豪邸が落成いたしました。宅地だけで約600坪、1階に11室、2階8室。しかも、家のまわりには、高さ4メートルの煉瓦塀で囲まれておりまして、まるで宿屋のような大変に大きな家でした。(略)さて、この家。持ち主は津島源右衛門、もちろん、この土地の権力者。小作人が300人もいる大地主というだけでなく、金貸し業を基盤とした新興商人、多額納税による貴族院議員有資格者というわけですから、まごうことなき、この村のボス、いや、青森全体の「ドン」のひとりだったかもしれません。この家が完成いたしまして、源右衛門ほか30人の家族、使用人が住みはじめます。そして、2回の冬を越しました明治42年6月19日、この家に移って初めての子供が誕生しました。産声が上がったのは、裏階段の横の大きな部屋。誕生したのは六男、源右衛門の何と10番目の子供でした。もうおわかりでございましょう。この子が津島修治、そう、のちの太宰治でございます。 「歌舞伎の海外公演、歌舞伎ブーム。芝居づくりほど面白いものはない」 ゲスト 永山武臣(松竹会長) |
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『人間合格』稽古場風景 辻萬長(佐藤浩蔵) 原康義(山田定一) 中村たつ(青木ふみ) 岡本麗(チェリー旗) |
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お問合わせはこまつ座出版部まで 03-3851-6180 |
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