こまつ座:(井上ひさし・ 「the 座」創刊号より・ 84 年 4 月) 「the座」創刊号(84年4月)より
 

英語の定冠詞の“ the
(ザ)”に一座の“座”」

座という字の成り立ちは、屋根があって、人が二人以上いて、その下に土がある。こまつ座の劇場を持つという夢の実現にあたって、まずは紙の劇場として「 the 座」がスタートした。
 


 
 

      
 
 

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第19号:しみじみ日本・乃木大将
 

前口上 井上ひさし

冬、馬たちは、ときたま用達しに外出する主人を馬橇に乗せて雪道に出ることもあるが、たいていは土間の隅を丸太で囲った小屋で静かに暮らしていた。三月、橇の上に山と積んだ堆肥を牽いて、まだ深々と雪の残る田んぼに出るまでは、いわば馬たちの休養の季節なのである。田んぼに撒かれた黒ぐろとした堆肥は弱い陽光を集め、それを強める。そこで堆肥の撒かれた田んぼの雪は、町場や里山の根雪より早く消えてしまうのだ。田んぼの雪が消えると、馬たちは一気に忙しくなる。田んぼの土起し、そして水を入れた田の代掻きと休むいとまもない。だから冬の馬たちは、春の力を養うために、冬はおっとりと暮らしていた。/そのころ冬に、町でももっとも持て囃されていた娯楽は浪曲だった。農家が浪曲師を招いて語らせるのである。もちろん玄人がくるわけはない。たいていが他に職業を持った半玄人で、わたしたちの町の場合は土建屋の主人や使用人が冬期の巡回浪曲師を務めていた。彼らの実力は半玄人といったところ、報酬はもちろん米である。(略)わたしたちも座敷で語られる赤穂義士銘々伝や乃木大将と辻占売りの少年などの浪曲の名作を土間の隅から聞かせてもらったが、なにかの拍子に馬と目が合うと、彼もまた座敷の浪曲に聞きほれているかのようだった。この戯曲は乃木大将の伝記であるが、「大将の愛馬たちの物語る・・・」という趣向で展開する仕掛けになっている。この趣向を思いつかせたのは、疑いもなく、馬とともに乃木大将と辻占売りの少年といった浪曲に聞きほれていたときの、あの光景にちがいない。

特集 馬が見てきた日本

ここに馬がいる。馬が私たち日本人をみている。耳を立て、たてがみを平成の風になびかせて。馬が走っている。驚くこともなく、ただ走るのが運命のように......。馬は知っている。かつての日本人といまの日本人がちがうことを。どうちがうのか、何がちがうのか。馬はすべて本能で察知している。ここに馬がいる。何もかも見てきたように。ただ黙って、熱いひづめを休めている。

●古代より戦国まで ●江戸時代 其ノ壱・弐 ●明治時代 其ノ壱・弐 ●明治・大正時代 ●昭和時代 其ノ壱・弐 ●そして平成時代

座談会●演劇って何だろう⑥ 劇場経営について
「日本の劇場の現実と未来。本多劇場の十年、そして今・・・」
ゲスト・本多一夫(本多劇場オーナー)

戯曲『しみじみ日本・乃木大将』論

山口昌男、大江健三郎、奥野健男、大笹吉雄、小野寺凡、森秀男、扇田昭彦、小泉浩一郎

舞台裏招待席

幕があく、幕があく、ここであく 
乃木さん死ぬ気か、死なぬつもりか

すまけい(こと・陸軍大将乃木希典閣下) 
「いやいやネギ喰い、乃木大将。悲しくなるほど愛らしい」

山本 亘(乃の字) 
「この落差が役者冥利につきる。馬の足、明治大帝役に武者振い」

森山潤久(あら) 
「人間の心の奥底にあるもの。あれはいったい何だろう」

外山誠二(たま)  
「日本人って何だろう。馬の足が問いかけている」

下村彰宏(木の字) 
「漫才か、料理人か?どこかで誰かがみつめている」

長野克弘(感心な辻占売りの本多武松少年 ただし現在は酒屋三河屋の小僧) 
「一年に一歩ずつでも、前に進んで行きたいですね」

小川正利(替え玉の馬の後足) 
「一つの夢の実現」

荒木久志(替え玉の馬の前足) 
「緊張と開放、麦茶とビール」

辻 萬長(ぶき) 
「井上さんの作品に出会えたことで、ずいぶん変わったと思うよ、俺」

神保共子(ぶさ) 
「人との出会い、役との出会い―それが楽しいんですよ、この仕事」

上村依子(はな) 
「一番好きなことをやっているんですから、ヘコタレません」

坂本圭子(ない) 
「素直な心のままでいる。むずかしいけど、大切なこと

川口敦子(くれ) 
「家族のために割いてきた時間は、私を成長させてくれたと思います」

お問合わせはこまつ座出版部まで
03-3851-6180
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